中性で閉殻構造をもつ有機半導体に電荷キャリア(電子またはホール)を効果的に注入するには、固体状態における電子親和力またはイオン化エネルギーを適切に制御する必要がある。この目的のため、分子レベル(一分子)でフロンティア軌道の準位を制御することが一般的であるが、分子集合体におけるイオン化エネルギーの制御は必ずしも容易ではない。
ジナフトチエノチオフェン(DNTT)は、本研究室で開発した高移動度有機半導体であり、大気中で安定であるだけでなく、金などの貴金属電極から容易にホールを注入できるイオン化エネルギーをもつ材料である。我々は、DNTTにピナコールボラン(Bpin)基を導入したBpin–DNTT(図)を合成し、この材料が、2 cm² V⁻¹ s⁻¹を超える高い移動度を示すことを見出した。Bpin–DNTTは、分子レベルでは、DNTTと同等のHOMO準位持つにも関わらず、固体状態では空気中で容易に酸化され、正孔キャリアが生成されることで、DNTTと比較してキャリア密度およびトランジスタのオフ電流が大きく増加した。ESR測定および単結晶トランジスタの評価により、キャリア生成は主に固体表面で起こり、そのキャリア密度は約10¹⁹ cm⁻³に達することが明らかとなった。UPS測定および理論計算の結果、結晶表面において空気側に配向したBpin基の表面ダイポールにより真空準位が低下することで、イオン化エネルギーが減少することが明らかになった(図)。すなわち、結晶状態における特異なBpin基の効果により、大気下での自発的ドーピングが誘起されることが確認された。この結果は、有機合成化学において極めて重要なクロスカップリング反応の一つである鈴木カップリングに多用される反応性官能基であるBpin基が、有機半導体固体のイオン化エネルギーの制御、さらには高キャリア密度化に対し有用であることを示すものであり、新たな有機半導体や伝導体の開発につながることが期待される。

(論文情報)
(掲載日:2026年6月25日)
