化学結合では、電子が「糊」のように振る舞って原子核と原子核を結びつけます。「ミュオン(µ)」と呼ばれる素粒子は、電子の207倍の質量をもつため、より強く原子核と原子核を結びつけることができます。私たちは、このミュオンの強い化学結合力を利用して、ミュオン分子内で核融合が起こる「ミュオン触媒核融合」を研究しています。
ミュオンは、非常に小さな「ミュオン水素原子」を作ります。これは、水素の原子の200分の1の大きさです。図1は、通常の水素原子とミュオン水素原子の大きさを図解したものです。
ミュオンを重水素中に打ち込むと、ミュオン重水素原子(dµ)が生成し、さらにdと衝突すると、「ミュオン分子」が生成されます(図2)。dは重水素の原子核を示します。ミュオン分子は水素原子の約100の1の大きさのため、分子内のdとdがトンネル効果によって接触し、分子内で核融合反応が起こります。ミュオンは核融合後に自由になり、再びミュオン分子をつくり核融合を起こします。ミュオンそのものは核融合反応で消費されず、繰り返し反応を媒介するため、ミュオン「触媒」核融合(µ Catalyzed Fusion, µCF)と呼ばれています。
これまで、µCFで核融合後に放出されるミュオン(「再生ミュオン」と呼びます)を取り出し観測した例はありませんでした。私たちは、この再生ミュオンについて、理論と実験の両面から研究を進めてきました。
まず、精密な量子力学計算を行い、再生ミュオンが放出される確率と運動エネルギー分布を予言しました。再生ミュオンの運動エネルギーは1 keV にピークをもつことがわかりました。
高エネルギー加速器研究機構(KEK)との共同で、水素固体を用いて再生ミュオンの真空中への取り出しに挑みました。ミュオン重水素原子を重水素固体薄膜中に誘導してµCFを起こし、薄膜から真空中に放出される再生ミュオンを静電的に取り出し検出する方法を開発しました(図3)。1 keV の再生ミュオンを1 m静電輸送し、銀箔に止めミュオン銀原子の特性X線を検出することで、初めて再生ミュオンの取り出しに成功しました(図4)。
ミュオンは約4000 keVの高い運動エネルギーで加速器から取り出せますが、様々な分野に応用するにはエネルギーが高すぎ、これを低減する術はありませんでした。今回の実験により、1 keVの再生ミュオンを取り出せることが明らかになりました。この技術は、ミュオン顕微鏡や三次元の非破壊元素分析、ミュオンコライダー等、様々な分野で応用が期待されます。
図1 通常の水素原子とミュオン水素原子の大きさの比較
図2 ミュオン触媒核融合の模式図
図3 再生ミュオンを取り出し、検出する装置の概略
Reprinted from Fusion Engineering and Design Vol. 170, K. Okustu et al., “Design for detecting recycling muon after muon-catalyzed fusion reaction in solid hydrogen isotope target”, Page. 112712 (2021), with permission from Elsevier.
図4 取り出し用電位の有無によるX線スペクトルの変化
(論文情報)
(掲載日:2024年6月4日)