Research


Research Results

理論化学研究室

化学反応における「トンネル効果」のシミュレーション

 「トンネル効果」という言葉を知っていますか?原子や分子などのミクロな世界は量子力学に支配され、私達が暮らすマクロな世界の法則(古典力学)では説明できない現象が起こり得ます。その1つがトンネル効果です。これは、古典的には超えられない、粒子のエネルギーよりも高い「ポテンシャル障壁」を透過して、粒子が障壁の向こう側へたどり着く現象です。
 トンネル効果は、水素移動という化学反応を誘起します。左図はマロンアルデヒドの水素移動を模式的に表したものです。H1と表記した水素が2つの酸素Oの間を移動します。H1が一方のOに結合したエネルギーの低い構造(図のEQ1とEQ2)を安定構造、H1が2つのOの中間に位置したエネルギーの高い構造(TS)を遷移状態(活性化状態)と呼びます。安定構造と遷移状態の間にあるエネルギーの山がポテンシャル障壁です。古典的にはこの高いポテンシャル障壁を低温で超えることはできませんが、量子的なトンネル効果によってそれが可能になります。
 量子力学においては、粒子の運動(位置や運動量)は「波動関数」と呼ばれる関数を用いて確率的に記述されます。水素移動のような量子効果が顕著に現れる反応を理論的に詳しく調べるためには、波動関数の時間発展を求める必要があります。しかし、従来の手法には計算負荷の面で課題があり、適用対象は数個程度の原子から成る小分子に限られていました。
 私達の研究グループは、多原子分子に適用可能な新しい波動関数計算法を開発しました。これは、遷移状態を経由して安定構造間を結ぶ反応経路の周辺に「ガウス基底」と呼ばれる数学的に扱いやすい関数を集中的に配置することで、波動関数の高効率な展開を実現する手法です。右図は、マロンアルデヒドの水素移動経路に沿って配置されたガウス基底の中心位置と波動関数に対する寄与(展開係数)の大きさを○の位置と大きさ(および色の濃淡)で表現したものです。マロンアルデヒドの波動関数は27次元関数ですが、図ではH1の位置(x, y)の2次元空間に射影しています。時刻t = 0から0.63 ps(1 ps = 10−12 s)にかけて、EQ1からEQ2への水素移動が起こる様子を展開係数の時間変化から見て取れます。私達は、この新しい手法を用いて、生体分子などの複雑系における量子効果の解明を進めていきます。

化学反応における「トンネル効果」のシミュレーション

(論文情報)

  1. A Structure-Based Gaussian Expansion for Quantum Reaction Dynamics in Molecules: Application to Hydrogen Tunneling in Malonaldehyde
    Kazuma Suzuki, Manabu Kanno, Shiro Koseki, and Hirohiko Kono, J. Phys. Chem. A 127, 4152−4165 (2023).
    DOI: 10.1021/acs.jpca.2c09088
    https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.jpca.2c09088

(掲載日:2024年2月29日)

影
  • 東北大学
  • 東北大学大学院理学研究科・理学部
  • 東北大学巨大分子解析研究センター
| ENGLISH |