物質が変化する化学反応は気体中や溶液中など様々な環境でおこりますが、一般におかれた環境によって大きく様子が変わります。気体中では起こらないが水中では起こるような化学反応も多く、反応する分子を取り囲む水(溶媒)分子は、実は反応にとって重要な役割をもつことを示しています。水の表面で化学反応が起こるとき、水中と異なる特異な反応性を示すことがあり、有機合成化学や大気環境化学などで注目されてきました。しかし、なぜそのような違いが生じるのかを理解するため、水表面で化学反応が起こっている分子を捉えて、その秘密を探ることは大変難しい課題でした。近年私たちは実験との共同研究で、フェノールの光化学反応を例にとって、その秘密の一端を明らかにしました。
フェノール分子に紫外光を当てると、水酸基の水素が脱離する化学反応があり、これは気相中の孤立した分子では起こらないが、水中では起こります。我々は、水表面では水中と比べても桁違いに速く反応が起こることを突き止め、なぜそのような違いが生じるのかの理由を解明しました。
光化学反応では、反応分子が光を吸収して電子励起状態となり、そこからさまざまな化学反応が生じます。電子励起状態にもいろいろな種類があり、化学反応の途中でその間を乗り移ることを非断熱遷移と呼びます。フェノールの光化学反応でも、途中で非断熱遷移が起こり、反応の重要な過程となっています。そのような振る舞いを明らかにすることが、化学反応の秘密を理解することにつながります。
電子励起状態の分子は、通常の分子(電子基底状態)とは全く異なる性質を示すようになり、したがって周囲の環境から受ける影響も変わります。我々の理論計算の結果、非断熱遷移を起こす前の励起状態は、周囲の影響をほとんど受けないが、遷移後の状態は非常に受けやすいことが分かりました。とくに周囲の水分子がフェノールのOH基と水素結合をつくると、不安定になるという変わった性質を持ちます。その違いによって、水の表面では非断熱遷移が起こりやすい状況になっていて、非常に速い化学反応が起こることが分かりました。非断熱遷移で乗り移る前後の状態で、周囲からの影響が大きく違う例は、他の化学反応にも見られ、水表面の化学反応の特徴を解明する重要な知見となりました。
(論文情報)
(掲載日:2023年11月30日)