近赤外光(波長:約700~2500 nm)は不可視性や高い生体透過性を持つため、光通信やセンサー、生体分析といった様々な分野で用いられています。現在、近赤外光の検出素子にはシリコン(ケイ素)無機半導体が広く用いられていますが、1100 nmよりも長い波長の光を吸収できないため、さらに長い波長の近赤外光の検出にはインジウムガリウムヒ素等の高価な無機材料が必要となります。このため、合成や加工が安価な代替材料として、近赤外光を吸収可能な有機半導体材料が注目されています。
私たちの研究室では以前に、下図a中の分子2(X = S)が波長1100 nmを超える近赤外光吸収を示す有機半導体として機能することを報告しており、分子中央部の太線で示した複数の環が縮合した構造が近赤外吸収の鍵となることを明らかにしています。しかし、化合物2は半導体材料として重要な物性値である電荷移動度が0.04 cm2 V−1 s−1程度であり、これは非晶質シリコン(0.5 ~ 1 cm2 V−1 s−1)よりも1桁低い値でした。そこで、分子2の基本骨格を維持したまま、中央部の硫黄原子を同じ16族の酸素およびセレン原子に置換した類縁体1および3を新たに合成したところ、どちらも波長1100 nmを超える近赤外光吸収を示し(図b)、さらに化合物1はアモルファスシリコンに匹敵する高い電荷移動度0.33 cm2 V−1 s−1を示すことを見出しました。類似化合物を含む一連の化合物を詳細に調べたところ、分子1では、分子構造中の原子Xと隣接炭素原子との結合距離が、2や3よりも顕著に短くなることで、分子の平面性と剛直性が高くなり、これが電荷移動度の向上に寄与していることが明らかとなりました。現在、これらの知見をもとに、本分子骨格を基盤とする近赤外吸収有機半導体材料のさらなる高移動度化と吸収の長波長化に取り組んでいます。
図. 開発した有機半導体の分子構造(a)およびそれらの薄膜の吸収スペクトル(b)
(論文情報)
(掲載日:2023年9月28日)