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量子化学研究室

丸まる?それとも丸まらない? ~水素結合構造とフッ素置換~

 氷の構造は水のOH基が水素結合(OH---Oという形の分子間結合)によりお互いに結ばれて作る6員環(6分子からなる環状構造)の組み合わせで出来ています。このように複数の水素結合が集まって作る分子間の構造にはしばしば環状の構造が見られます。環ではなく、直鎖的な水素結合の連なりを考えると、その末端のOH基は水素結合を作っていません。しかし末端同士を水素結合で結んで環を作ると水素結合がさらに1個増え、エネルギー的により安定となります。これが水素結合の集合において環構造が好まれる理由の簡単な説明となります。
 このような水素結合により作られる分子間の構造を詳細に調べる事の出来る系として、「分子クラスター」というものがあり、これは気相に生成させた数個の分子からなる集合体です。その一例として、プロトン付加エタノール5量体(H+( C2H5OH)5、1個の余剰プロトンと5分子のエタノールが水素結合で結合した系)の構造が知られています。このクラスターでは、中心に位置する1個のエタノール分子が余剰のプロトンを得てC2H5OH2+となり、その2つのOH基から水素結合の鎖が伸びます。そして、その末端同士が結ばれて環状構造を作ります(図 左)。同様の環構造はエタノールをメタノールやプロパノールなどに換えても形成されることが確認されており、アルコール分子に共通の性質と考えられてきました。しかし最近、エタノールのエチル基をフッ素置換した2,2,2-トリフルオロエタノール(CF3CH2OH)のプロトン付加5量体の構造を調べたところ、この系ではどうやっても環構造を作らないことが分かりました(図 右)。OH基部の結合で作られる構造がなぜそれとは離れたエチル基のフッ素置換で大きく変化するのでしょうか?実はこの様なプロトン付加アルコールクラスターにおいて水素結合による環構造が作られる際には、2つの水素(プロトン)を同時に受容する分子が1つ生じます(図中の赤丸で囲まれた分子)。フッ素原子は強い電子求引性があり、OH基の水素受容能力を大きく下げてしまいます。その結果として、この2つの水素を受容する分子の安定性が損なわれ、環構造形成が阻害されると解釈することが出来ます。この結果は、置換基による電子的性質の変化が分子間構造の大きな変化を引き起こすことの例となっています。

図. フッ素置換によるプロトン付加アルコール5量体の水素結合構造の変化。薄紫の線は水素結合を表している。赤丸で囲まれた分子は2つの水素原子を受容している。

図 フッ素置換によるプロトン付加アルコール5量体の水素結合構造の変化。
  薄紫の線は水素結合を表している。赤丸で囲まれた分子は2つの水素原子を受容している。

(論文情報)

  1. Takahiro Shinkai, Po-Jen Hsu, Asuka Fujii, Jer-Lai Kuo, Phys. Chem. Chem. Phys., 2022, 24, 12631-12644. DOI: 10.1039/d2cp01300b.
    https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2022/cp/d2cp01300b

(掲載日:2023年5月26日)

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  • 東北大学
  • 東北大学大学院理学研究科・理学部
  • 東北大学巨大分子解析研究センター
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