私たちの体を構成する細胞は、温度や浸透圧、pH変動、さらには増殖因子やホルモンなど様々な物理・化学シグナル受容することで、形や性質を柔軟に変化させています。ほとんどの体細胞が細胞表面に保持する突起構造である『一次繊毛』の表面には液性因子やイオンチャネルが高密度に集積しており、細胞は外環境を感知するためのアンテナとして一次繊毛を利用していることが近年の研究から明らかになってきました。実際に、一次繊毛の異常は発生異常や嚢胞性腎疾患、網膜変性や肥満を複合的に呈する遺伝性疾患 (繊毛病)の発症と密接に関連することから、一次繊毛の構造と機能の構築システムの理解することは、医学的観点からも重要ということができます。しかし、一次繊毛はわずか数μm程度の小さな細胞内小器官(オルガネラ)であり、一般的な光学顕微鏡の分解能 (異なる2点を別々のものとして捉える能力)の限界に迫る大きさのため、この小さなオルガネラで機能を発揮するタンパク質の空間配置を正確に捉えるのは至難の技でした。
私たちは今回、細胞に高吸水性ポリマー素材を浸透させて、水を加えることで3次元的に4倍に膨張する技術 (膨張顕微鏡法)を駆使して、一次繊毛とその基部構造である基底小体に局在する分子の空間配置を詳細に明らかにすることに成功しました (図1)。さらに、膨張した試料の観察に従来の光学顕微鏡の2倍の分解能をもつ超解像顕微鏡を利用することで、最大約35 nmの二次元分解能をもつマルチカラーイメージングシステムを構築することにも成功しました。この技術を活用することで、基底小体を構成するタンパク質の相対的な分子配置情報 (図2、図3)やこれまで詳細が不明であった繊毛形成過程における繊毛内輸送複合体の局在を明らかにすることにも成功しました。
この研究によって、今後、一次繊毛の形成過程やそこで機能する分子に関する理解が進み、繊毛の構造や機能の異常に起因する繊毛病の発症の分子基盤の解明に繋がることが期待されます。さらに、今回開発した解析技技術は細胞内オルガネラや細胞-細胞間接着構造など、これまで光の回折限界に阻まれて詳しく解析できなかった細胞内狭小空間での分子の機能が明らかになることも期待されます。
本研究は京都大学薬学研究科薬学研究科、中山和久教授、加藤洋平講師との共同研究によるものです。
(論文情報)
(掲載日:2022年11月17日)