触媒とは、ある特定の化学反応のなかだちとなって、その反応の速度を速めたり遅らせたりする物質のことで、例えば、ハーバー・ボッシュ法によるアンモニア合成の際に使われる鉄化合物や、油脂に水素添加する際のニッケル、あるいは生体内の酵素も一種の触媒です。私たちは、そのような触媒として働く新しい金属錯体を合成する研究を行っています。特に、地殻中にもたくさんあるケイ素の性質に注目し、その特長を活かした新しい金属錯体触媒の開発を目指しています。
最近報告した研究では、二つのケイ素配位子をもつ新しいイリジウム錯体をデザインして合成し、その構造を明らかにしました。このイリジウム錯体は、リン化合物中の特定の位置の炭素-水素結合を切断し、炭素-重水素結合へと組み換える新しい反応を触媒することを見出しました(下図)。この反応は、イリジウム錯体を少量加えるだけで、60℃という穏やかな温度条件で、通常は容易に切断しにくい炭素―水素結合を炭素―重水素結合に変換するところに特徴があります。このような難しい変換反応が容易に起こった理由は、ケイ素配位子が金属へと電子を強く押し出す性質があるため、金属上での炭素―水素結合の切断が容易に起こるからと考えられます。
有機化合物中のある特定の位置の炭素-水素結合を直接組み替える反応は、医薬品や機能性材料などの化成品を従来よりも短い合成手順で効率よく合成する有用な手段として、有機合成化学の分野で大きな注目を集めています。本研究の成果は、そのような分野で応用されることが期待されます。現在、さらに新しい金属錯体の設計と合成を進めております。
(論文情報)
(掲載日:2022年4月27日)