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理論化学研究室

低温イオン移動度質量分析によるフレキシブルな分子のコンフォマー分離

 分子式が同じでも構造が異なる化合物は異性体と呼ばれます。特に、原子の結合の順序は同じでも、置換基の相対的な位置(立体配座)が異なる異性体は立体異性体に分類され、シス-トランス異性体や鏡像異性体などが有名です。この立体異性体の一種である配座異性体(コンフォマー)は、分子内の単結合まわりの回転によって生じる異性体です。取り得る立体配座の数は、分子内の単結合の数が増えるにつれて急激に増加します。高分子や生体分子は立体配座が変化すると分子全体の構造が柔軟(フレキシブル)に変化するため、極めて多くの立体配座の中からある特定のコンフォマーが形成される理由を探究することは、分子が機能を発現するメカニズムを知るうえで重要です。
 私たちは、独自に開発した低温イオン移動度質量分析(クライオIM-MS)という実験手法を用いて、分子のコンフォマーの構造や反応性を研究しています。クライオIM-MSを用いると、共存する複数のコンフォマーを分離して観測でき、さらにそれらの存在比率を求めて個々のコンフォマーの安定性について議論することも可能になります。
 研究成果の一例として、アルカリ金属であるカリウムイオン(K+)とクラウンエーテル分子からなるホストゲスト化合物の研究を紹介します。クラウンエーテルは環状の分子で、その環の直径と同じサイズのイオンを選択的に取り込むことが良く知られています。液体窒素温度でのクライオIM-MSによる研究の結果、クラウンエーテルの一種であるジベンゾ-24-クラウン-8がK+イオンを取り込んだホストゲスト化合物には、図に示す少なくとも2種類のコンフォマーが共存することがわかりました。これらのコンフォマーが共存する現象はクライオIM-MSを用いて初めて観測されました。
 室温では柔軟に構造を変えてしまう分子でも、低温にしてその構造変化を凍結すれば一つ一つのコンフォマーを分離してその構造を明らかにできます。クライオIM-MSによるコンフォマーの分離実験は、数多くの立体配座の中からある特定のコンフォマーが選択的に形成されるメカニズムを理解することにつながると期待できます。

図.クラウンエーテルの一種であるジベンゾ-24-クラウン-8がK+イオンを取り込んだホストゲスト化合物の構造。2つのベンゼン環の間の距離が異なる2種類の配座異性体(コンフォマー)をクライオIM-MSを用いて分離して観測した。
図.クラウンエーテルの一種であるジベンゾ-24-クラウン-8がK+イオンを取り込んだホストゲスト化合物の構造。2つのベンゼン環の間の距離が異なる2種類の配座異性体(コンフォマー)をクライオIM-MSを用いて分離して観測した。

(論文情報)

  1. Keijiro Ohshimo, Xi He, Ryosuke Ito, and Fuminori Misaizu,
    "Conformer Separation of Dibenzo-Crown-Ether Complexes with Na+ and K+ Ions Studied by Cryogenic Ion Mobility-Mass Spectrometry"
    J. Phys. Chem. A, 2021, 125, 3718-3725.
    DOI: 10.1021/acs.jpca.1c02300
  2. Sota Tainaka, Tomoyuki Ujihira, Mayuko Kubo, Motoki Kida, Daisuke Shimoyama, Satoru Muramatsu, Manabu Abe, Takeharu Haino, Takayuki Ebata, Fuminori Misaizu, Keijiro Ohshimo, and Yoshiya Inokuchi,
    "Conformation of K+(Crown Ether) Complexes Revealed by Ion Mobility-Mass Spectrometry and Ultraviolet Spectroscopy"
    J. Phys. Chem. A, 2020, 124, 9980-9990.
    DOI: 10.1021/acs.jpca.0c09068

(掲載日:2021年11月24日)

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