生命現象を分子レベルで解明することは21世紀の化学が担うべき魅力的な研究課題です。本研究では、細胞中のRNA(核小体)を選択的に染色できる蛍光色素BIQ(下図)を開発しました。BIQは、「生きた細胞に適用でき」、かつ「明瞭な発蛍光応答を示す」世界トップレベルの深赤色蛍光RNAイメージング色素です。近年、核小体は、ウイルス感染やオートファジー、細胞老化との関連が注目されており、BIQは核小体の機能研究に役立つことが期待できます。
図 (A) BIQの構造と(B) BIQによる生細胞(ヒト乳がん細胞)の蛍光イメージング:核(青色)の中で、赤く染まっている部分が核小体。
「生きた細胞中のRNAイメージング」を可能とする蛍光色素(小分子)を開発するためには、3つの重要な性質、すなわち「細胞膜透過性」、「RNAに対する結合選択性」、「蛍光応答機能」を分子にもたせる必要があります。多くの研究が行われていますが、その開発は容易ではありませんでした。実際、市販されているRNA染色色素はわずか2種類で、いずれも生きた細胞のRNAイメージングに適用することはできません。
本研究では、明瞭なoff-on型のlight-up応答機能をもつ生細胞RNAイメージング蛍光色素を開発するにあたり、シアニン色素の活用に着目しました。DNA染色色素としても活用されているシアニン色素は、2つのヘテロ環がリンカーを介して自由回転できるため、単体ではほぼ無蛍光であり、DNAと結合すると分子内回転が抑制されて蛍光を発するようになります。本研究では、特にBenzo[c,d]indole環を有するモノメチンシアニン色素を種々合成し、その機能を評価しました。その結果、Benzo[c,d]indole環とquinoline環の4位とを連結した新規シアニン色素BIQ(図 (A))が深赤色蛍光RNA染色色素として機能することを見出しました[1]。
BIQは優れたRNA選択性を示し、RNAとの結合に伴いoff-on型の明瞭なlight-up応答を示します(φfree ‹ 0.0001,φbound = 0.0085).BIQは、固定細胞はもとより生細胞イメージングに適用可能で、リボソームRNAを豊富に含む核小体を選択的に染色できます(図 (B))。さらには、深赤色領域での明瞭な蛍光応答を実現しており、細胞毒性も低く、かつ優れた光耐性を示すことから、タイムラプス観測など、長時間測定にも対応可能です。
また、BIQを改良することで、世界で最も明るい(高輝度)生細胞RNAイメージング蛍光色素の開発を達成しました[2]。現在、これらの蛍光色素を応用することで、ウイルスRNA検出法や抗ウイルス薬のスクリーニング法の開発を進めています。
(論文情報)
(掲載日:2021年9月2日)