水-油のように混ざり合わない2つの相の間でイオンが通過する現象は、化学センサや有機反応などにも現れる身近な現象です。しかし、2つの相境界での分子の動きを捉えることは大変難しく、そこで何が起こっているのか、未解明の点が多く残されています。本研究室は計算機による分子シミュレーションを用いて、界面での分子の振る舞いを明らかにしてきました[1]。最近のその一例を示します[2]。
親水性の強い(油よりも水の中を強く好む)イオンを水から油に運ぶのは困難ですが、ある種の試薬をごく微量加えると移動が際立って起こりやすくなる実験事実が知られています。(界面を動く分子を見ることは難しくても、正味でどれだけ移動したかを調べるのは容易です。)その理由は、イオン1分子と試薬1分子が結合して、油の中で安定化したというのであれば分かりやすいのですが、実際にはイオンよりも極めて微かな試薬でも起こることからみて1:1の結合が油の中で存在するとは考えにくく、イオンの移動が速くなるのは他の理由があると考えました。
本研究では、水-油界面の分子を調べるため、多次元自由エネルギー面の計算を行った結果、イオンが界面で分子1-2層の厚さをまたぐ瞬間を試薬が助ける機構があることを発見しました。これは、分子の動きを明らかにすることで初めて分かった現象です。この作用は、一見似たような試薬でも起こる場合と起こらない場合があり、なぜその違いができるかの理由もあわせて解明することができました。これらの成果は、英国の一般向け科学雑誌[3]でも紹介されました。
イオンが界面を通る2次元自由エネルギー面。
イオン移動の大きな活性化障壁を回避する経路が現れることがある。
(Reprinted with permission from [2]. Copyright 2020 American Chemical Society.)
(論文情報)
(掲載日:2021年8月17日)