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Research Results

放射化学研究室

反粒子を用いた新しい化学反応や結合機構の探索

 電子や陽子などの粒子に対して,反対符号の電荷をもつ陽電子(e+)や反陽子(p)などの「反粒子」があります.近年,多量の反粒子の生成と蓄積の技術が進んだため,反粒子と原子・分子との化学反応の研究が可能になってきました.私たちは,原子・分子に陽電子や反陽子を反応させた場合の化学的性質の変化を,スーパーコンピュータを駆使して明らかにしています.

 図に,銅原子(Cu)に電子を結合させた銅負イオン(Cu-,真空中では安定に存在します),陽電子を結合させた陽電子銅原子(e+Cu)を示します.陽電子銅原子では,陽電子は電子のように銅原子の周辺に陽電子雲を形成し,直径はもとの銅原子の約3倍まで大きくなります.逆に,銅負イオンでは,電子は銅原子の最外殻電子と同じ軌道に入りサイズの変化はわずかで,陽電子の結合とは対照的です.つまり,陽電子と電子の電荷の違いだけで,銅原子の様相が大きく変化します.銅をナトリウム(Na)にすると,外側に広がった陽電子がナトリウム原子中の電子を引き抜いて,ポジトロニウム(Ps)を形成し,さらに大きな原子となります(NaPs+).ポジトロニウムは,電子と陽電子が結合したエキゾチック原子(電子,原子核以外の粒子を含む原子)です.ポジトロニウムは,直径は水素原子と同じですが,質量は900分の1しかありません.

 陽電子と反陽子から構成される「反水素原子(H)」は最小の反物質(反粒子のみから構成される物質)です.私たちは,反水素原子の化学反応に興味をもち,ポジトロニウムの衝突で反水素化ポジトロニウムを経て,反水素正イオン(H+)を生成する反応,

H + Ps → HPs → H+ + e-

水素原子の衝突で「ハイドロジェニウム(HH)」を経て,プロトニウム(Pn)とポジトロニウムを生成する反応

H + H → HH → Pn + Ps

を研究しています.これらの反応は,「なぜ宇宙は物質だけで反物質がないのか」という壮大な問題を研究する上で,重要な役割を果たします.反水素正イオンは電磁場での制御が容易で,光を当てれば陽電子を放出し反水素がいつでも取り出せるため,これの生成は最重要な課題です.貴重な反粒子を用いる実験では,理論研究が不可欠です.ハイドロジェニウムは反物質と物質が結合した最小の複合体です.プロトニウムは,陽子と反陽子が結合したエキゾチック原子で,直径は水素原子の1800分の1しかありません.原子核の運動と電子の運動が互いに影響を及ぼす効果が最近注目されていますが,ハイドロジェニウムは,この効果を調べるための恰好な化合物であることが分かってきました.

図: (1) 銅原子,(2) 銅原子負イオン,(3) 陽電子銅原子,(4) 陽電子ナトリウム原子の外殻電子,陽電子,ポジトロニウム分布.電子を青色,陽電子を橙色,ポジトロニウムを紫色で示します.(1 nm は10–9 m)

図: (1) 銅原子,(2) 銅原子負イオン,(3) 陽電子銅原子,(4) 陽電子ナトリウム原子の外殻電子,陽電子,ポジトロニウム分布.電子を青色,陽電子を橙色,ポジトロニウムを紫色で示します.(1 nm は10–9 m)

(論文情報)著者・雑誌名・掲載ページ・DOI・論文URL
T. Yamashita, M. Umair and Y. Kino
J. Phys. B: At. Mol. Opt. Phys. 50, 205002 (2017).
DOI doi:10.1088/1361-6455/aa8b3b
URL http://iopscience.iop.org/article/10.1088/1361-6455/aa8b3b/meta

T. Yamashita, Y. Kino, E. Hiyama, S. Jonsell, P. Froelich
J. Phys.: Conf. Ser. 875, 052031 (2017).
DOI doi:10.1088/1742-6596/875/6/052031
URL http://iopscience.iop.org/article/10.1088/1742-6596/875/6/052031/meta

(掲載日:2017年10月20日)

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  • 東北大学
  • 東北大学大学院理学研究科・理学部
  • 東北大学巨大分子解析研究センター
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