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数理化学研究室

分子制御から分子マシンへ

 私たちの研究室では,化学反応がどのようにして起こるのかをコンピューターを使って理論的に研究しています。人々は昔から欲しいものを創り出すことを夢見て,これまで多くの実験を行い,その経験の積み上げで合成の技術体系を作ってきました。しかし、最近ではコンピューターの発達により,経験に頼らないで反応の行方を予想したり,合成の処方せんをつくることができるようになってきました。コンピュータケミストリーと呼ばれる新しい研究領域です。

 分子の中の電子や原子核の動きは,量子力学に基づいて求めた電子の状態から割り出せます。例として,水分子に囲まれた二重らせんDNAの動きを,動画1に示します。psはピコ秒という百万分の1秒のまた百万分の1という大変短い時間の単位を表しています。動画から,軽い水素の動きが他の重い原子に比べて格段に速いことなどがわかります。生物ではこのような動きを持続するエネルギーが必要ですが,放射線などによって過剰なエネルギーや活性酸素の一種である·OHヒドロキシルラジカルなどが発生すると,DNA鎖が切れてしまいます。どのような機構でどの程度の頻度で切れていくかなどを,この動画のシミュレーション法を使うことにより詳しく調べることができるようになってきました。

動画1 水分子やナトリウム原子に囲まれた二重らせんDNAの動き(白:水素,灰:炭素,赤:酸素,緑:ナトリウム,橙:リン)。鎖はリン酸基-5員環の糖-リン酸基と続いている。2つの鎖の糖と糖は水素結合で対になった2つの塩基でつなげられている。

 そもそも,個々の原子の秩序だった動きやランダムな動きの起源は何か,また,それらを操ることができるのかに答えることは化学に課せられた根本的な課題です。強い近赤外光(可視光線と赤外線の間ぐらいの波長をもつ光)のピコ秒より短いパルス2発を代表的なフラーレン分子C60に照射すると,動画2で見られるような,ラグビーボールとパンケーキのような形を交互に取るhg(1)モードとよばれる振動運動を始めます[1]。一つの原子は3つの方向に動けますから,C60は180種類の運動形態が考えられますが,動画2は光によって,その中の一つの秩序だった運動を選択的に引き出せることを示しています。2つのパルスのタイミングは,ちょうどブランコを押すタイミングになっています。このような指向性をもった機械的な動きをナノスケールで示すものは,分子マシンとよばれています。ただ,C60のこのような運動は数ps後には消えて,ランダムな運動に変わり,最後はそのエネルギーが分子の分解に使われてしまいます(C60→C58+C2)。分子マシンは分子の秩序・無秩序の動きを完全に制御したもので無ければならないことがわかります。

動画2 134 fs(=0.134 ps)の時間差をもつ2つの近赤外光パルスを照射されたC60に現れるhg(1) 振動。この時間差はちょうどhg(1)振動の周期に対応している。赤線上の点の上下の動きは光がもつ電場の方向が光の周期とともに反転することを示している。

 ところで,2016年のノーベル化学賞はその「分子マシンの設計と合成」に対する貢献として3人の海外の化学者に贈られましたが,本化学専攻の先達である荻野博先生は,すでに1981年に大環状分子の穴に棒状分子(軸)を通し,環状分子が軸に沿って移動するロタキサン分子を合成され,原田宣之先生も1999年に光と熱で一方向回転が駆動される分子モーターを合成されました。これらは分子マシンの最も重要なプロトタイプと評価されていますが,すでに上でのべたように,分子から指向的な運動を引き出すことは容易ではありません。私たちは,外部骨格に保護された環(回転子)がそれらをつなぐ結合を軸として回る分子の結晶(結晶性分子コマ)を対象に,永久双極子をもつ回転子のテラヘルツ波による高速駆動の可能性を探っています[2]。このような分子は,その回転子の運動によって異なった光学応答・電子応答を示し,動きによって特定の機能を発現する分子マシンと見なせます。

 昔,ミクロの世界を題材にした荒唐無稽なSF映画がありました。医療チームを乗せた潜航艇をミクロ化して脳内出血を起こした科学者の体内に注入するという「ミクロの決死圏」です(1966年に公開され,のちにアシモフが小説化)。もちろんマクロな機械をそのまま小さくすることはできませんが,今や,ミクロな機械の合成は可能で,体内に送り込んで光や熱によってその機能を引き出すことももはや夢では無くなりました。私たちは,このような化学の最前線の開拓に,理論化学やコンピューターを使った計算化学を使って貢献していきたいと考えています。

[1] 河野裕彦,加藤毅,CSJカレントレビュー18「強光子場の化学」第7章「時間依存断熱状態法による強レーザー場分子ダイナミクス」,日本化学会編/化学同人(2015)
[2] 菅野学,河野裕彦, CSJカレントレビュー26「分子マシンの科学」第13章「結晶性分子マシンの光駆動回転シミュレーション」,日本化学会編/化学同人(2017)

(掲載日:2017年10月4日)

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